出会い系サイトにハマった人妻は危険
堀内美織さんは夫と娘との三人家族。年齢は四十代前半でフルタイムで仕事をしながら家事も一人でこなす母親だ。
平日は仕事が終わればそのまま電車に飛び乗り、最寄り駅から徒歩約二十分のマンションに帰宅して、夕食の準備と子どもの宿題チェックをする。
休日には家族でショッピングモールに出かけたり、友人家族と一緒にバーベキューを楽しんだり、娘のダンスの大会があれば応援に行くなど、絵に描いたような幸せそうな家庭だったらしい。
そんな生活に変化が起きた最初のきっかけは今から五年ほど前、旦那さんの仕事が忙しくなり始めたことだった。
「ごめんね、このところ休日に家族サービスができなくて」
ある日の夕食時、旦那さんは美織さんに申し訳なさそうに言ったらしい。
「ほんとよね」と美織さん。
「急に仕事を任されるようになったんだけど、これがなかなか難しくてさ……部下の育成とか取引先との関係づくりとか……」
家族で過ごす時間は少しずつ確実に減っていった。
疲れて帰宅するご主人を見ていると、美織さんもそれ以上何も言えなかったそうだ。
夫にとって自分や娘が癒しの存在になれれば、とも思ったらしいけれど、彼は仕事のことで頭がいっぱいでそんな余裕さえなかった。
〇
「仕方がないのは解ってたけど、やっぱり寂しくて」と美織さんは言った。
そしてその寂しさを埋めるように彼女は出会い系サイトに登録した。友人に勧められて出来心で始めたらしい。
出会い目的の人以外にも、日記を書いたり、ただメッセージのやり取りをする目的で使っている人もいるよ、という言葉に、ならやってみようかな、と思ったのだそうだ。
最初は日記を書いて誰かに愚痴を聞いてもらうだけだった。
誰とも実際に会うつもりはない。だからこれは家族に対する裏切りではない。美織さんはそう考えた。
しかし毎回のように日記にコメントをくれる男性を少しずつ意識するようになっていった。
彼は美織さんが文章に落とし込めない気持ちまでも汲んで、彼女が求めていた共感の言葉を与えてくれた。
『僕なら美織さんみたいな素敵な女性を寂しくなんてさせないのに』
お互いの住んでいる場所が近くも遠くもない、というのがまた美織さんの背中を押したらしい。
『彼ならきちとん私自身を見てくれそう。それに会ってお茶をするだけなら不倫じゃないから』
美織さんは自分自身にそう言い聞かせ彼と会うことにした。
実際に会ってみると、現実の彼もまた日記のコメントと同じように、優しく彼女の気持ちを肯定してくれた。
それは美織さんにとって甘い蜜だった。
日常生活では吐き出せないような本音を吐露していた日記の話題について現実で顔を合わせて話すのだ。必然的に美織さんは自分の心を曝け出すことになる。気が付いたときには後戻りできないくらい彼に惹かれていた。
そして初めて会ったその日のうちに、二人は男女の関係になった。
数年ぶりにする旦那さん以外の男性とのセックスは、美織さんにとって麻薬だった。
夫とのセックスでは得られなかった快感と、長く忘れていた女としての胸の高鳴りを、彼は惜しみなく与えてくれた。
それから彼女は夫に内緒で彼と定期的に関係を持つようになる。
だいたい週に一度くらいのペースで会っていたというからそれなりの頻度だ。
ただし夫と娘との生活は決して壊さないこと。それが美織さんが自らに課したルールだった。
『不倫なんていけないことだ。それは解っている。でも彼との関係を手放すなんて考えられない』
罪悪感はいつしか背徳感へと変わり、彼との刺激的な日々が彼女の日常になっていった。
夫と娘が寝静まった夜、昼間の不貞セックスを思い出して自慰に耽ることも増えた。
『主人のことが嫌いなわけじゃない。でも本当はもっと誰かを愛したいし、私自身も誰かに愛されたい。その捌け口を見つけたい』
そんな欲求が彼女の不倫を助長していたのだという。
〇
俺が出会い系で美織さんを知ったのは先週のことだ。
寝転んでスマホでサイトを眺めていたところ彼女の投稿した日記が目に留まった。
『夫婦の営みはもうずっとありません。サイトで知り合った彼と最近別れてしまい寂しいです』という文章から始まるその日記は、愚痴のような内容だったけれど、彼女の飾らない素直な言葉で書かれていた。
仕事のこと、旦那さんとのこと、家族のこと……セフレとのこと。
どこか客観的な視点で不定期に綴られる日記を過去に遡りながら読んでいく。
一番古い日付は約二年前だった。
『最初は夫とのすれ違いの寂しさからサイトに登録したが、今ではその寂しさすら感じていない。いつの頃からか私はもう夫を男性としては愛していなくて、それに気づいたことで今まで気づいていなかった寂しさにもまた気付いた』という文章が目にとまった。
『私はいま、初めて出会い系サイトで知り合った男性に心を惹かれている。夫ともセックスレスなのに彼とは週一ペースで会っている』
その日の記述はそんな文章で終わっていた。
一通り彼女の日記を読んだが、最新の日記で「最近別れた」と書かれている「彼」と、最も古い日記で「初めてサイトで知り合った」彼とは別人のようだ。
約二年間分の彼女の日記には、これまで彼女がサイトで出会った不特定多数の男性との経験が記録されていた。
俺はスマホを見過ぎて疲れた目を休ませるついでに台所でコーヒーを淹れながら、彼女と会って話してみたいな、と思った。
コーヒーを片手に改めてスマホを手に取ると、簡単な自己紹介と日記を読んで彼女に興味を持った旨を入力してメッセージを送る。
返事は意外と早く届いた。そこから何通かメッセージのやりとりをしているうちに、彼女の方も俺に好印象を抱いたらしい。
「会ってみないことには始まりませんし、一度お会いしてみませんか」という彼女からの申し出であっさり会うことになった。
〇
喫茶店で待ち合わせて彼女の顔を見た瞬間に「この人だ」と思った。
そしてそれはも美織さんも同じだったらしい。
「正太郎さんですよね、はじめまして。夫には内緒でお願いしますね」と冗談っぽく彼女は言った。
美織さんはベージュの膝丈スカートに白いブラウスを着ておりとても清楚な印象だった。
「今日はよろしくお願いします」
俺はそう言うと美織さんに笑みを向けた。
「こちらこそ」と彼女も微笑む。
二人でテーブルを挟んで向かい合って座り、俺たちは互いに挨拶を交わした。
「今日はお時間を作っていただきありがとうございます。サイトで美織さんの日記を読んでお会いしてみたかったんです」
「こちらこそ丁寧なメッセージをありがとうございました。きっと私の方が会えるのを楽しみにしていたと思いますよ」
そう言って彼女は少し照れたように笑った。
それから俺たちは他愛ない話をした。日々の生活のこと、趣味や好みのこと。そしてサイトでの出会いのこと。
俺は日記を読んで美織さんの不貞行為の履歴は知っているし、俺が知っていることを当然彼女自身も承知しているはずだ。隠し事をしたり話題を選ぶ必要もないので、俺たちは初めて会ったとは思えないくらい自然に会話をしていた。
「正直、最初は罪悪感がありましたけど、今はもう麻痺してしまって……いつからか寂しさを埋めるためではなく、不倫そのものが目的になっていました」
俺はそんな彼女に何か言葉をかけたかったけれど、何を言っても空疎な言葉になりそうな気がした。
最終的に俺が選んだのは彼女の話しを聞くことだ。
「もしよければ、日記に書かれていないことを教えてもらえませんか? もっと美織さんのことを知りたいです」
彼女はゆっくり頷くと、ここから先は場所を変えてからにしましょうか、と言って微笑んだ。
〇
ラブホテルの薄暗い照明に照らされた美織さんの裸体が揺れていた。
「ね……気持ちいい?」と俺のペニスに跨った彼女が上擦った声で訊いた。
「ええ、すごく」と俺が答えると彼女は満足そうな笑みを見せる。
彼女の膣内の肉壁がペニス全体を絞り込むようにして動いてるのを感じて俺は思わず吐息を漏らしてしまう。
美織さんは上半身を屈めて俺の首に手を回すと顔を寄せて舌を絡めてきた。
「ん……っ、ふ」と美織さんが鼻から甘い吐息を漏らす。
彼女の腰の動きに合わせて形の良い乳房が上下に揺れていた。俺は手を伸ばしてその先端に触れると柔らかい感触を手のひらに感じながら指先で乳首を転がすように刺激する。
「あ、だめ……」と彼女は身体を小さく震わせるが、俺の動きを止めようとはしない。
それどころかさらに強く抱きついてきたので、俺はそのまま手を下に移動させ彼女のお尻に触れた。
彼女の身体がびくんと跳ね上がり、膣内がきゅっと収縮する。それを肯定の反応と理解した俺は、彼女の尻を揉みしだきながら腰を動かし続けた。
美織さんの息遣いが激しくなり呼吸音から甘い声が混じっていく。
「あ、だめ、いっちゃう……」と彼女が切羽詰まった声で言った瞬間、俺のペニスの先端に温かい何かが触れるのを感じた。それと同時に膣壁が強く締め付けてくる。
「お願いっ……そのまま中に出してっ」
「っ……!!」その言葉に限界を迎えた俺は、言われるがままに彼女の中に射精した。どくっどくっと脈打ちながら精液を放出している間、美織さんはずっと俺の身体にしがみついていた。
しばらくして射精が終わると俺はゆっくりと腰を引いてペニスを抜く。
「はぁ……はぁ……」と息を切らせながらも美織さんは満ち足りた表情をしていた。
〇
彼女のセックスは日記から想像していたものとは違っていた。
不特定多数の男性と身体の関係を持ってきたことから、寂しさや心の隙間を埋めるための刹那的な肉体の交わりを求めるものとばかり思っていたのだが、彼女はむしろ精神的に満たされるような深い繋がりを求めているように思えた。
「正太郎さん……すごく良かった」と彼女は言った。
「美織さんも、とても素敵でした」と俺も答える。
理屈で考えれば、寂しさを埋めるために精神的な繋がりを求めるのは理に適っている。
だが、はっきり言ってそんなのは理想論だ、というのが俺の考えだ。
出会い系の人間関係と現実の人間関係の決定的な違いは、前者がいつでも簡単にリセットできるということだ。
実際、俺自身もこれまで何度も一方的な別れを経験している。
現実の生活や社会に根差した人間関係の土台が無いところに、急造で恋人やセフレといった男女関係の結果だけが生まれるから、そんな関係はささいなトラブルや感情のすれ違いで容易く壊れる。
どうせダメでも別の相手を探せばいいだけだし、美織さんもこれまでそうしてきたはずだ。にも拘わらず、こんな感情の熱量で誰かと会うたびに肉体の交わりを求めようとすることに俺は驚きを隠せなかった。
「正太郎さん?」と美織さんが言った。
「あ、いや……ちょっと考え事をしてました」
「私とこんなことするの、もしかして嫌でした?」と彼女は眉を下げる。
「そういうわけではないです……ただその、美織さんが俺とこんな関係になってくれたことが意外で……」
「意外、ですか」と美織さんは少しおかしそうに言う。そして「それは私の日記を読んでくれた上でそう感じた、ということですよね」と妖艶な笑みを浮かべて続ける。
「セックスをした後でも、まだ私のことをもっと知りたいと思ってくれますか?」
その微笑みにはどこか意味深なものを感じた。
「もちろん、知りたいです」と俺は答える。
美織さんは満足したように微笑むと、俺の胸に頭を預け囁くように言った。
「……それなら、これからも会ってくれますよね?」
俺はその誘いに対して頷きを返す。
彼女は嬉しそうに笑うと、俺の手を取って自らの秘部へと導いた。
(終)