休日の駐車場で一目惚れした熟女と(6)

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 麗子さんに別れを告げられてから数年が経った。俺は大学を卒業し外資系の企業に就職している。麗子さんの公私の支えになろうと、学生時代に熱心に勉強していた語学力が活かされた結果だった。

 彼女とはあれから会えなくなった。メッセージアプリも繋がらなくなったし住所もおそらく変わっているだろう。それでも彼女との経験が、今の俺へと成長させてくれたことを考えると、麗子さんには感謝してもしきれない。彼女以上の女性とは今後もう一生出会えないのではないかとすら思える。

 そんな寂しくも充実した日々を送っていた俺は、ある日、女性活躍推進を目的とした時限立法に関する行政主催の企業向け説明会に参加することになった。法律の趣旨や企業側に求められる取り組み等の説明を眠くなりながらも聴いていると、モデルケースとして具体的な企業の実践例が紹介される。
 登壇してきた女性と目が合った。その瞬間、時が止まったような感覚を覚えた。その女性は紛れもなく俺が愛した麗子さんだったのだ。俺は驚きのあまり声が出そうになったが、なんとか堪えた。
 彼女は以前と変わらず美しくて、それでいて自信に満ちた表情を浮かべていた。その姿は彼女が歩んできた道の険しさを感じさせるものだった。しかし同時に彼女の笑顔はあの頃と何も変わっていなかったし、むしろより魅力的になっているようにも見えた。

 壇上の彼女が語る。
「私は先代の社長である主人の事業を引き継ぎ、弊社の代表になりました。最初は右も左もわからず右往左往するばかりでしたが、幸運にも社内の大部分を占める多くの優秀な女性スタッフに支えられ事業を継続できています。今後の課題としては、私も含めて社内には「仕事が恋人」という従業員が多いので、それぞれのワークライフバランスやくQOLの向上についても、会社として後押しできるように取り組めたらと考えています」

 どうやら麗子さんの仕事は順調のようだ。しかし、はてと俺は不思議に思う。
 彼女は俺と別れるとき、確かに「結婚することにした」と言っていた。だが先程の彼女の説明では、ご主人と死別してからはずっと独り身であるかのような語り口だ。もしかすると結婚するつもりだった男性との間にトラブルでもあったのだろうか、あるいは単純に何らかの理由で秘密にしているのだろうか。
 だがいずれにしろ、今の彼女が幸せに暮らしているのなら、俺はそれで良いと思いなおした。今日は彼女に会えたことが嬉しかったし、同時にほんの少しだけ寂しい気持ちもあった。

 説明会が終わり、会場では参加者が顔見知りとの挨拶や会話、名刺交換を行っている。俺も一通りお世話になっている相手に挨拶をすませると、会場を後にすべく出口へと歩みを進める。するとそのタイミングを待ち構えられていたかのように、背後から声をかけられた。
「良太くん……よね?」
 振り向くとそこには麗子さんがいた。俺は驚きつつも平静を装いながら答える。
「お久しぶりですね、麗子さん」俺が言うと、彼女もまた笑顔で答えた。
「えぇ、本当に立派になって……元気そうで何よりだわ」と彼女は言った。

「麗子さんもお元気そうで何よりです。先程のお話もとても素晴らしかったです」
 俺がそう言うと、彼女は困ったような表情を浮かべた後ですぐに笑顔に戻った。
「良太くん……今日はこの後、少しだけ時間はあるかしら? 話したいことがあるのだけれど」と彼女が言った。
 俺は特に予定もなかったし、何より久しぶりに会えた彼女ともっと話たいという気持ちもあり快諾する。
 彼女は嬉しそうな表情を浮かべて俺の手を取った。その手は小さく冷たかったが、それでも感触は昔と何も変わっていなかった。

◆◆◆

 俺と麗子さんは近くの喫茶店で待ち合わせをした。店内の雰囲気は落ち着いており、コーヒーの香りが心地よい。そこで俺たちは向かい合って座ると、お互いに近況を報告し合ったり世間話をしたりしていた。俺があの頃よりも成長したことを彼女に報告したい一心で語ると彼女は笑顔で聞いてくれた。それが嬉しくもあり恥ずかしくもあった。

「そういえば……話したいことがある、というのは何だったんですか?」俺がそう切り出すと麗子さんは少し真剣な表情になり口を開いた。
「良太くん……あの時は本当にごめんなさい」彼女が何について謝っているのか一瞬わからなかった。だがすぐに思い至り慌てて否定する。
「謝らないでください 麗子さんは何も悪いことなんてしてないじゃないですか」
 しかし彼女は首を横に振った。
「いいえ、私は嘘をついて良太くんを傷つけたわ……だから謝らせて欲しいの」
 俺は驚いた。彼女が何を言っているのか理解できなかったのだ。

「……嘘ですか?」
「そうよ」と彼女は答えた。
「嘘って一体何のことですか? それにどうして今更そんなこと言うんですか?」と俺が訊ねると、彼女は悲しげな表情を浮かべて言った。
「良太くん……あなたはもう忘れてしまったかもしれないけれど、私は今でも覚えている」彼女の言葉に俺は何も言えず、ただ黙って聞いていることしかできなかった。
 麗子さんは続ける。
「あの日……私が良太くんに別れを告げた日のことよ。あの時、本当は結婚の予定なんてなかったの……ごめんなさいね」
 彼女の告白に俺は頭が真っ白になった。
 そんな俺の様子を察してか、彼女は再び語り始める。
「あのときは離れ離れになるのが二人のためだと思ったの」

 俺は麗子さんの言葉を否定することができなかった。確かに結果だけ見れば、その通りだったからだ。俺はやりがいのある仕事に就き、彼女の事業も軌道に乗っている。
「俺も忘れてなんていませんよ……麗子さんが仕事で出会った男性と結婚すると仰っていたのは、嘘だったんですね」
「いえ……それは。……そうとも言えるかしらね」
「でも、嘘でほっとしました。先程の講演で話されていたとき、もしかして結婚する予定だった男性とトラブルでもあったのかと心配したんです」
「本当にごめんなさい。あの時はあれが良太くんの幸せのためだと思ったの」
「いえ、俺の方こそすみません……ただ、俺にとっては麗子さんを側でずっと支えることが俺の幸せでした」

 それからしばらく沈黙が続いた後で麗子さんが口を開いた。
「私ね、良太くん……あなたのことが好きよ。今でもずっと愛してる」
 突然の告白を、けれども俺は予期していた。そうだ、彼女は愛した男のために必要とあれば恨まれようとも自ら身も引く、こういう古風な女性なのだ。あの日も俺は、本当はそのことに気づいていたのではないか? だからあのとき伝えられなかった言葉を、彼女に伝えなければならない。

「麗子さんの選択は確かに俺のためになったし、成長も促してくれました。麗子さんとすごした時間と経験は俺にとっての宝物です。感謝してもしきれません」
 麗子さん黙ってじっと俺を見つめ、俺の言葉を待っている。
「本当にありがとうございます。だから伝えさせてください。麗子さん、俺と結婚を前提に付き合ってください」
 麗子さんの身体が強張るのがわかった。俺は今ここに自分がこうして居ること、そして彼女にプロポーズしていることが、彼女の望んでいた未来だと推測していた。だか俺の思い込みの可能性だってある。彼女の返事を待つ時間がやけに長く感じた。

「……私、良太くんより、ずいぶん年上よ? 本当にいいの?」
 その返答に俺は童貞を喪失した夜のことを思い出した。忘れるはずがない。
「冗談でこんなことは言いません」俺は彼女を見つめる。もう決して逃がさないという思いを込めて。
「そう……ね。私、あなたの初めてを貰ってばかりね」
 麗子さんは涙ぐみながら微笑みを浮かべて言った。
「代わりになるかわからないけど、私の残りの人生は身も心も全て良太くんに捧げますから貰ってください」
 そう言って彼女は俺のプロポーズを受け入れた。

◆◆◆

 その日のうちに俺はそのまま彼女の自宅に招かれた。ずいぶんと強引で、体感的には連れ込まれたといっても差し支えないかもしれない。
 俺たちはかつてそうしていたように、何度も口づけを交わし、お互いを求め合った。俺は数年ぶりに麗子さんの中へと侵入を果たす。
 彼女の中は温かく柔らかかったが、それでもなおキツく俺のペニスを締め付けてきたため、思わず呻いてしまったほどだった。
「ごめんんさい、久しぶりで加減がわからなくて。大丈夫? 痛くない?」と麗子さんが心配そうな表情を浮かべるので俺は首を横に振って答える。すると彼女は安心したように微笑んだ後、ゆっくりと動き始めた。
 最初は確かめるように、次第に激しくなっていく。
「良太くんの、やっぱり、すごい」と彼女はうわ言のように呟く。その言葉がさらに俺を興奮させた。俺は彼女を抱きしめるようにして密着度を高めるとそのまま絶頂へと上り詰めたのだった。

 行為を終えた後、俺たちはベッドの上で横になっていた。麗子さんは俺の頭を撫でながら言う。
「良太くん、本当に立派になったわね。私なんかじゃ勿体無いくらい」
 その言葉に俺は首を横に振りながら答える。惚れた欲目を差し引いても言い過ぎだ。今でも自分が麗子さんに釣り合っているなんてとても思えない。
「そんなこと言わないでください。麗子さん以上の女性なんて考えられません。俺の方こそ、麗子さんは勿体ないくらい素敵な女性です。でも、もう二度と麗子さんを離すつもりはありません」
 そう言ってまっすぐ見つめて彼女を抱きしめる。麗子さんは視線をそらすことなく、うっとりとした瞳で頬を赤らめ、ぶるりと体を震わせた。

「その視線も……懐かしい。私のことを一途に求めてくれている、私が女だって思い知らせてくれるの」
 彼女は嬉しそうに微笑み両手で俺の顔を包み込んだ。
「そうね、完全に良太くんに捕まえられて、良太くんの女にされちゃったわ。私、もう絶対に離れないわよ? あなたのものになったんだから。覚悟はいい?」そう言って麗子さんは俺にキスをした。そのキスは長く続いたが、決して嫌ではなかったし、むしろ心地よさすら感じていた。しばらくしてから唇を離した後、麗子さんが微笑むのを見て、俺は幸せを感じたのだった。

 それから俺たちは再び身体を重ね合い始めた。俺は彼女を求め続けたし、彼女もまた俺を受け入れてくれる。俺たちは何度も体を重ね合った後、疲れ果ててそのまま寝てしまったようだ。翌朝目を覚ますと麗子さんは腕の中で幸せそうな顔をして眠っていた。
「愛しています」と呟いて彼女の額に軽くキスをする。すると彼女はくすぐったそうにしながら目を覚ましたようだったので「おはようございます」と言って微笑みかけると彼女もまた微笑み返してくれたのだった。

◆◆◆

 それから数か月後、俺と麗子さんは結婚した。結婚式は慎ましやかなもので、双方の親族のみの食事会として行われた。麗子さんは最後まで、俺の初めての結婚式なのだからきちんとしと会場で行うべきではないのか、いやでも、人を集めて式を行うとして隣に立つ新婦がバツイチの未亡人で年齢はかなり上というのはどうなのか、などと葛藤していた。
 そんなふうに、俺のことをまず考えてくれる彼女に愛おしさを感じる。俺は彼女と結婚して彼女を支えられさえすればそれでいいので、結婚式には全くこだわりはなかった。だが麗子さんはそれでは納得できないようなので、俺は一つの提案をした。

 結婚式が終わり、夫婦として迎える初めての夜。
 麗子さんは俺が選んだ白いウェディングドレスを着ており、その姿があまりにも美しくて俺は言葉を失ってしまうほどだ。俺がした提案というのは、ウェディングドレス姿の麗子さんを俺にだけでも見せて欲しい、というものだった。

 彼女はうっとりとした表情で「良太くん、今日はありがとう」と囁き俺にそっと口づけをした。そのキスは今までで一番甘く感じられた。
「麗子さん……俺、本当に幸せです」と俺が言うと、彼女は微笑みながら「私もよ」と言う。彼女が発情しているのは明らかだった。彼女のショーツはおそらく既に見てわかるくらい、ぐっしょりと濡れていることだろう。
「麗子さん」俺はそう言いながら彼女の耳にキスをして、舌を這わせる。彼女はビクリと体を震わせたが、抵抗することなく受け入れてくれた。耳の穴へも舌を入れ、ピチャピチャという音を出しながら舐めていく。彼女は感じているのか身体を硬直させており、息も荒くなっているようだった。

「はあっ……良太くん……んっ……」
 彼女の艶っぽい吐息が耳にかかり、ますます興奮してしまう。
「麗子さん、このまま抱いても大丈夫ですか?」
 俺が耳元で囁くと彼女はこくりと小さく首を縦に振った。
「もちろんよ。私はもうあなたのものなんだから、良太くんの好きにして」俺はそのまま彼女をベッドに押し倒した。彼女も我慢の限界なのだろう。目は潤んでおり、頰も紅潮しているようだった。

 俺たちは何度も体を重ね、互いの体温を分け合うように愛し合った。ベッドに横になり互いを見つめ、ずっと欠けていたものが埋められたような、幸せを感じていた。
「良太くん、これからもっと幸せになりましょうね」麗子さんが俺に抱きついてきたので、俺も抱き返しながら言った。
「こちらこそよろしくお願いします。麗子さん」
 パートナーを探すためにマッチングアプリに登録したこと、仕事で出会った男性と結婚すると言ったこと、彼女の選択はいつも正しく、その言葉は現実になる。俺は彼女との幸せな未来を確信していた。

 こうして俺たちの夫婦としての生活が始まった。それからの日々は本当に幸せで、麗子さんは毎朝起きるたびにキスをせがんでくるようになったり、忙しい合間を見つけては家事も積極的に行ってくれる。自分の作った料理があなたの一部になるのが嬉しいの、と微笑む彼女と暮らしていると、更に彼女の魅力にどんどん惹かれていくことになった。

 ときどきこれでは夫婦ではなく親子みたいだな、と思うこともあり俺も家事を行うが、彼女がなんだか、手伝おうとする俺を微笑ましく眺めるみたいな視線になるのは納得がいかない。まあ、彼女が幸せならそれが何よりなのだが。
 そんなある日の朝、俺が目を覚ますと隣に彼女が居ないことに気づいた。おかしいなと思いつつリビングに向かうとそこにはキッチンで朝食を作っている彼女がいた。
 「おはよう、良太くん」俺の足音に気づいて振り返った彼女は、裸にエプロン一枚という格好だった。俺は驚きのあまり言葉を失ってしまう。そんな俺を見て彼女は少し悪戯っぽく笑いながら言った。
「朝ごはんできてるわよ。でもその前に……」そう言って彼女は俺の頰に手を添えると軽く触れるようなキスをしてから微笑んだ。

「新婚と言ったらやっぱり裸エプロンでしょ? どうかしら?」
 俺は戸惑いつつも答える。
「はい、とても似合っていて素敵です」彼女は俺の返答に満足したのか嬉しそうに微笑む。そしてそのまま俺に抱きつき耳元で囁いた。
「良太くん……私の体、好き?」と彼女が聞いてくるので俺は正直に答えることにする。
「はい、大好きです。麗子さんの全てが美しくて愛おしいと思っています」
「ふふっ、ありがとう。私も良太くんのこと大好きよ」
 そう言うと彼女は再び俺にキスをしてきた。今度は舌を入れてくる深いキスで、俺はそれに応じて舌を絡めていく。しばらくしてからようやく唇が離れると、彼女は照れくさそうな表情を浮かべながら言った。
「じゃあ……朝食の前に先に私を召し上がって?」

 俺の人生は彼女と出会ったことで大きく変わった。それは間違いなく幸せな日々で、彼女と夫婦になれてよかったと心の底から思える。俺は彼女のことを一生大切にしようと思ったのだった。


(終)