職場のパート主婦の肉体と不倫に嵌まった(2)
藤田由香里さんを採用してから数週間が経った。今のところ彼女との関係も良好だ。
元々、今回の採用は欠員補充が目的だった。俺と一緒に仕事をしていた先輩が退職することになったのだ。藤田さんの採用面接に俺が同席したのもそれが理由である。一緒に仕事をすることになるかもしれないんだから、中村君も面接で会っておいた方がいいよ、という店長の気遣いが有り難い。おかげで藤田さんの採用を推薦することもできたのだから。
聞けば彼女は主婦で、夫は単身赴任中とのことだ。子供は二人いるが、この春から年下の子供も進学を機に一人暮らしを始めたらしい。家で一人の時間が増えてしまったたので何か新しい仕事を始めたいと考え、求人サイトでこの店舗のアルバイト募集を見つけて応募してきたのだという。
最初こそ経験不足を気にしていたが、実際に働き始めてみると俺の予想以上に彼女は優秀だった。容姿端麗なのはもちろんだが、物覚えが良くて仕事を覚えるのも早い。何より先入観や思い込みがないぶん、こちらの説明を素直に聴いてくれるところが助かった。
「中村さん、この商品ってどこにありますか?」
「あ、それはですね……」
俺は倉庫内を移動して彼女に商品の場所を教えながら、ふと思ったことを口にする。
「それにしても、本当に手際が良いですね。初めての職場なのに凄いですよ」
「そんな……。私なんて全然です……」
彼女は恥ずかしそうに頬を染める。その仕草がまた可愛らしい。
「それに中村さんもとても親切に教えてくれますし」
「え? 俺がですか?」
「はい。私が何か質問すると、いつもすぐに答えてくれるじゃないですか。それに教えてくれた後は、私が実際に作業しやすいようにさりげなく誘導してくれます。いろいろと気にかけて声もかけてくれるので、本当に働きやすいです」
彼女はにっこりと微笑む。
確かに俺はよく彼女に声をかけるようにしている。ただ、それは個人的に彼女と仲良くなりたいし、彼女のことを知りたかったからだ。結果的に彼女からの好印象に繋がっているとは意外だったし、少し罪悪感も覚える。
「それに接客のときも、お客さまに対してすごく丁寧に接してますよね。私みたいなアルバイトに対しても丁寧だし」
「まあ、仕事ですからね。それにアルバイトだからという理由で一緒に働く人に対して態度が違うのも変ですし」
案外見られているものだな、と俺は苦笑混じりに答える。言葉遣いや態度には気を付けているつもりだが、それはあくまで仕事だからだ。もっとも藤田さんに対しては、それとは別の個人的な感情もあるわけだが、あえて言うことでもない。
「それに中村さん、すごく格好良いし」
「え?」
俺は思わず聞き返すが、藤田さんはそのまま言葉を続ける。
「背も高いですしスタイルも良いですよね。顔も整ってますし、声も素敵だし……」
「ちょ……ちょっと待った!」
俺は慌てて彼女の言葉を遮る。いくらなんでも美化しすぎだ。
「どうしたんですか?」彼女は不思議そうに首を傾げた。
「……いえ、何でもありません」俺は平静を装いつつ答えるが、内心はかなり動揺していた。もしかして冗談なのだろうか。彼女が急にそんなことを言い出すのもおかしい。
「ありがとうございます。藤田さんみたいな綺麗で、賢くて、優しくて、笑顔が素敵な女性に褒めてもらえると嬉しいです。急に言われてびっくりしましたけど」
俺は冗談めかして礼を言いつつも、彼女に対して褒め言葉を並べることでその発言の意図を探ろうとする。
「あ、そうですよね。でも単純にそう思っただけなんですよ」藤田さんは少し照れたような、困ったような表情になる。その表情もまた可愛らしくて思わずドキッとしてしまうが、同時に俺の中の違和感も増してきた。彼女に視線を向けると、なぜか頬を赤らめているように見えた。心なしか目も潤んでいるようだ。
「……あ、あの」彼女は意を決したように声を上げる。
「中村さん……から見て私は魅力的な女性ですか?」
その唐突な質問に俺は戸惑いつつも答える。
「え? あ、いや、そう思いますけど……」
なぜいきなりこんなことを聞いてくるのか全くわからないが、とりあえず正直に答えておいた。すると彼女はさらに言葉を続けた。
「例えばどんなタイプの女性がお好きなんですか?」
俺は再び言葉に詰まる。俺は年上の女性が好きだし憧れもある。藤田さんのように美人でスタイルが良ければ、なお好きだ。だがそれを堂々と宣言するのも憚られる。
「えっとですね……」俺は彼女を見つめつつ、当たり障りのない言葉を探す。彼女は緊張した様子で俺の返答を待っているようだ。
「……一緒にいて楽しいとか、癒される感じの女性ですかね」
俺の言葉に彼女の表情がぱっと輝く。しかしすぐに真顔に戻り咳払いをする。そして今度は一転して真剣な表情で口を開いた。
「あの……私じゃ駄目ですか?」
「はい?」
「私は中村さんと一緒にいるとすごく楽しいです。それに中村さんを癒してあげられると思います。だから私と付き合って下さい」
俺は一瞬、彼女の言葉の真意が掴めずぽかんとしてしまう。
「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです」
俺が礼を言うと彼女は、ほっとした様子を見せる。
「でも付き合うのは無理だと思うんです」
「……どうしてですか?」
藤田さんは眉根を寄せる。
「そもそも藤田さんは、ご結婚されてますよね?」
「はい」
藤田さんは首肯する。
そう、彼女には単身赴任中の夫がいるのだ。そんな彼女に対して特別な感情を抱いてはいけないだろう。いくら藤田さんが魅力的な女性だとしてもだ。
それにしても、彼女にこんな一面があったことに俺は困惑していた。
「……だから……私では駄目なんですか?」彼女はすがるような眼差しを向けてくる。その瞳には涙が浮かんでいた。その表情を見た瞬間、胸が締め付けられるような感覚を覚える。と同時に不思議な感動も覚える。彼女の笑顔は素敵だが、きっと泣き顔は、それ以上に素敵なんだろうな、と。
「藤田さん」俺はなぜか彼女の手を取り、ぎゅっと握りしめていた。彼女は一瞬びくりとしたが、すぐに握り返してくる。その手は少し震えていて冷たかったが、徐々に温もりを感じるようになってきた。
「どうして既婚の女性だと駄目なんですか? そういう婚外恋愛みたいな話は世の中に溢れてるじゃないですか」藤田さんは俺の手を握ったまま、一歩近づき距離を詰めた。
「いや、それはそうかもしれませんけど……」俺は言い淀む。
確かにそういう話はあるし、現実でその例をいくつか目にしたことがあるのも事実だ。なんだったらこの店でも、そんな噂話は聞いたことがある。
だが自分がそれをすることになるとは思ってもいなかったのだ。自分の平穏な人生にそんなイベントが起きるはずがない。しかもこんな突然に。
「……中村さんは、私のこと嫌いですか?」
「いえ、もちろん嫌いではないですけど……」
俺の答えに彼女は嬉しそうに微笑む。そしてさらに一歩前に出た。手だけでなく足も触れ合うほどの距離になる。彼女の甘い香りが鼻腔を刺激し、俺の鼓動を速くさせる。
俺は思わず後ずさろうとするが、腰に腕を回され抱き寄せられてしまう。その柔らかい感触と温もりに頭がくらくらするようだった。
「……離してください」俺は絞り出すように言うが、藤田さんは聞き入れてくれない。さらにもう一歩近づき、俺の足が彼女の両足の間に入り込む。藤田さんが自らの股間を俺の足に擦りつけるようにしているのは、たぶん気のせいではないだろう。
「私は中村さんのこと、好きですよ」彼女は囁くように言う。その声は甘く蕩けるようで俺の脳髄を刺激する。藤田さんはさらに俺を抱き寄せると、その豊満な胸を押し付けてきた。制服の上からでもはっきりわかる大きさと柔らかさに興奮を隠しきれない。そして同時に安心感のようなものを覚えるのはなぜなのか。
彼女の息遣いが荒くなっているのがわかる。頬も赤く染まり目が潤んでいた。その表情はとても色っぽくて艶めかしく、思わず見惚れてしまうほどだった。俺はごくりと唾を飲み込む。このまま流されてしまいたい衝動に駆られるが、何とか思いとどまった。
「ダメですって」俺は必死に理性を保ちつつ声を上げる。しかし藤田さんは止まらない。むしろより強く俺の体を締め付けてくる始末だ。彼女の心臓の鼓動を感じるほどに密着している状態では、もはや抵抗などできないも同然だった。
「どうしてダメなんですか?」彼女は悲しげな声で言う。その声音には切実な思いが込められており、聞いているだけで胸が締め付けられるような感じがした。
「それは……そう、いまは仕事中じゃないですか。誰が来るかもしれませんし、見られる危険性もあります。お互い少し冷静になりましょう」
俺は思いつく限りの理由を述べる。すると彼女は渋々といった様子で俺から離れた。
「ごめんなさい、つい興奮してしまいました」藤田さんは申し訳なさそうに頭を下げる。
「いえ……」俺も謝るしかなかった。俺自身も興奮していたし、あのまま流されてしまえばどうなっていたか分からない。そう思うと背筋が寒くなる思いだった。
(続く)