人妻熟女教師の秘めた欲望を解放したら(1)
「小池先生、どうかされましたか?」
隣席の清水先生に声をかけられ、はっとして慌ててごまかす。
「いえ、なんでもありません。連休明けの授業計画のことで……考え込んでました」
「そうですよね。小池先生は新任で初めて尽くしでしょうし。もし不安なことや解らないことがあれば何でも相談してくださいね」
そういって清水先生はにっこりと微笑む。僕はその笑顔に頬を赤らめた。
清水先生は僕の先輩教師だ。理知的な顔立ちと、それに似合わない豊かな胸のふくらみに目がいってしまう。彼女は優しく、指導もしっかりしてくれるので生徒にも人気がある。しかも綺麗なだけではなく、穏やかな話し方や親しみを感じる笑顔も魅力的だ。
僕みたいなモテない男にとって清水先生は憧れの存在。こんな人が僕の彼女だったら……なんて妄想したこともある。もっとも彼女は結婚しているので、本当にただの妄想でしかないのだが。
「ありがとうございます。何かあれば相談させていただきます」
「はい、いつでもどうぞ。小池先生は真面目だから、溜め込み過ぎずに適度に吐き出した方がいいですよ」
清水先生はそう言って立ち上がると、次の授業の準備を始めた。僕はそんな彼女の所作にドキドキしながら見惚れていた。清水先生にはもちろん他意はないのだろうが、彼女の唇が紡ぐと「吐き出す」という単語によこしまな妄想を抱いてしまう。
春に初めて会った時にはそんなことはなかったのだ。彼女は綺麗ではあったけれども、教職らしい生真面目さと適度な距離感を感じさせる存在だった。それが変わったのはここ数日のことだ。化粧が変わった。ネイルが綺麗になった。服装の色が鮮やかになった。話すときの他者との距離感が変わった。目立たないが香水もつけているのか、夜風に乗ってくる花のような香りがする。深く、神秘的で、誘惑的な香りだ。
それぞれの変化は些細なもので、人によっては気づかないかもしれない。けれどもそれらが積み重なり、僕はどうにも彼女に対して色気と欲情を感じずにはいられないのだ。
「小池先生、もしかして体調がお悪いんですか? 顔も少し熱っぽいようですし」
またぼんやりしてしまっていたのか、清水先生は心配そうに僕を見つめている。
「いえ、そんなことはありません。ちょっと考え事をしていただけですから」
僕は慌てて否定した。まさか貴女を性の対象にして欲情していました、なんて言えるわけがない。
清水先生はまだ心配そうだったが、それ以上追及はしてこなかった。僕は安堵し、再び授業計画に意識を向けたのだった。
◆◆◆
仕事を終えて帰宅する頃には、すっかり遅い時間になっていた。最近は日が長くなっているのでまだ明るいが、早いところ仕事に慣れないと心身ともに疲弊しそうだ。いつまでも学生気分で清水先生に懸想している場合ではないと溜息をつきながら駅までの道を急ぐ。
混雑した構内を抜け、時刻表示を確認すると、ちょうど帰る方向の電車が到着する時刻だった。僕は慌てて駆け足でホームまで急ぐ。目的地に着いた時には既に電車は到着していたが、幸か不幸か並んでいる人々もそれなりに多い。どうやら駆け込み乗車はせずに済んだようだ。僕は列の最後尾に並び、ほっと一息つく。
「あれは、清水先生……?」車内に見覚えのある姿が見えた気がした。
混雑した車内に乗り込み、目を凝らしそれが彼女であるか確認しようとする。
「あっ……」
間違いない。やはり清水先生だ。彼女は先程開いていたドアとは反対側のドアのすぐ横に立ち、外の風景を眺めているようだった。僕の位置からは清水先生の後ろ姿が見えるだけで、その表情や様子は窺い知れない。しかし何やら様子がおかしい。彼女はドアに身体を預けてじっとしているようで、まるで誰かが来るのを待っているかのように思えたのだ。
やがて電車はゆっくりと次の駅に向けて走り出す。僕が立っている位置からでも、車内が混み合い始めたのがわかった。僕は人と人の間を分け入りながら清水先生の近くへと移動を試みた。
「え……?」
清水先生に近づくにつれ、僕は彼女の異変に気づいた。彼女はドアにもたれかかり、苦し気に荒い呼吸を繰り返している。そして時折身体を痙攣させるように震わせる。ガラスに反射する彼女の表情を見た瞬間、僕は思わず息を呑んだ。頬は上気し瞳は潤みきっている。そして何かをこらえるように時折ぎゅっと目を瞑る。
「まさか……」
いや、間違いない。彼女は欲情しているのだ。それも、かなり強い欲情を持て余している様子だった。僕は慌てて清水先生の周囲に立つ人物へと視線を向ける。だが車内は混雑しており、誰が彼女をそんな表情にしているのか判然としない。
その時だった。電車がカーブに差し掛かったのか大きく揺れたのだ。その拍子に清水先生の身体が大きく揺れ、ドアに押しつけられた。
「あっ……」
僕は思わず息を飲む。彼女の陰部に押し付けられるように触れている手が見えた。僕は反射的に視線を外そうとするが、視界の端にはストッキングに包まれた彼女の白いふくらはぎが焼き付いていた。柔らかな曲線を描くそのラインは僕の目を釘付けにするには十分だった。
そして、そんな彼女の体に触れる人物に対して衝動的に激しい嫉妬と怒りを覚える。
「おいっ! お前なにしてるんだ!」
僕は声を上げると強引に人を掻き分け彼女の体を弄んでいた男の手を摑んだ。
「なっ、なんだ君は。放しなさい!」
男が慌ててもがくが、僕は力を強めて男の動きを封じた。男の手の先へと視線を向けると、清水先生の陰部をまさぐっていた指先が濡れている。やはりこの男の犯行だったのだ。怒りで頭が沸騰するようだった。
「おいっ! こいつ女性の体を触っていたぞ!」
周囲の乗客から声が上がる。男は舌打ちすると強引に僕を押しのけようとするが、掴んだ腕をそのまま捻り上げ抑え込む。周囲の乗客も協力して男を捕まえてくれた。「いたいっ! わかった、わかったよ。私が悪かった!」やがて男は観念して抵抗を諦めるのだった。
◆◆◆
駅長室で駅員と警察官に事情を説明し、警察署で事情徴収を受けた後、僕は被害者の清水先生と二人、最寄りの駅で降りた。
「あの……ありがとうございました」
清水先生はおずおずと僕に礼を言った。その声はまだどこか熱っぽい。
「いえ、当然のことをしたまでです。お怪我はないですか?」
僕は努めて冷静に返事をしたが、その実さっきから彼女のブラウスの隙間から見える豊かな胸やスカートから伸びる白い太ももに興奮しっぱなしだった。今は少し落ち着いているものの、電車に乗っている間は理性を保つのも大変だったくらいだ。なんとか男性を駅員に引き渡すまでは冷静でいられたが、彼女と二人になると今にも理性が吹き飛びそうだった。
「はい、大丈夫です……」
清水先生はそういって恥ずかしそうに目を伏せる。普段学校で見かけるときとは様子が違い過ぎて戸惑ってしまう。彼女はこんなに色っぽかっただろうか? いや、そもそもなぜこんな遅い時間に電車になど乗っていたのだろう。僕は疑問を口にしようとしたが、先に彼女が口を開いた。
「実は、こういうことは初めてではないんです。最初はお尻を触るくらいだったんですが、いつしかエスカレートして……」
確かに清水先生の胸や尻は魅力的だ。身体つきも女らしく肉感的だし、ボリュームもある。僕は今まで何も気づかなかったが、電車で執拗な被害に遭っていたようだ。
「そうだったんですか……でもなぜもっと早く誰かに相談しなかったんですか? 僕じゃ頼りないかもしれませんが何か力になれたかもしれませんし、せめて電車での通勤をやめるとか……」
僕が言うと、清水先生は一瞬驚いた表情をする。そして目を伏せるとぽつりとつぶやいた。
「だって……小池先生って真面目な人だから、こんなこと相談したらきっと困らせちゃいます……」
彼女はどこか恥じらうように視線を逸らす。僕は思わずドキッとした。どういう意味なのだろう? もしかして僕になら打ち明けられると思ったのだろうか? いや、そんな都合の良いことがあるわけがない。ただの勘違いだ、考えすぎだと自分に言い聞かせる。それでも心臓が早鐘を打ち続けるのを抑えられない。
「小池先生……あの……私……まだ少し身体がおかしいみたいなんです」
清水先生が熱っぽい目で僕を見る。その瞳は潤んでおり、今にも泣きだしそうだった。
「どこか具合が悪いんですか? それは大変だ、どこかで休まないと」
僕は慌てて周囲を見回すが近くにはベンチ一つ見当たらなかった。これは困ったぞと思ったその時だった。清水先生が僕の手を引いて歩き出す。そしてそのまま僕を公園へと連れ込んだ。そこは人気がなく静かな場所だった。彼女はきょろきょろと見回すと、人目がないことを確認してから僕に向き直った。その表情はどこか切羽詰まっているように見える。
「お願いです……私……もう我慢できません……」
清水先生は熱に浮かされたようにそう言うと、突然抱きついてきた。突然のことに驚きながらも反射的に彼女を抱き留めてしまう。彼女の柔らかい体が密着し、僕の体に伝わってくる。心臓が跳ね上がった。
「え……? あ、あのっ……!」
僕は混乱していた。なぜこのような状況になっているのか理解できない。慌てて彼女を離そうとするが思いのほか強い力で抱き着かれているため引きはがせない。そうこうしているうちに今度は彼女は僕の方に向き直ると唇を重ねてきたのだった。
(続く)