美人キャリアウーマンのヒモになった話(2)

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 案内された彼女の部屋を見て、俺はなぜ自分がここに連れてこられたのか概ね理解した。ある意味ではそこは綺麗に片付いた部屋だった。というか片付きすぎていた。
「整理整頓の行き届いた部屋ですね。まるで引っ越して来たばかりみたいた」
「……まあ、生活能力が低いのは自覚してるのよ」
「それは堂々と言うようなことじゃないですよ」

 彼女は田中美沙と名乗った。俺は川上ですと改めて自己紹介をする。そして俺は彼女の部屋を見渡して言った。
「……なるほど」
「失礼ね、違うわよ。物を持つのが嫌いなだけよ。それに私は自分の能力が高いことを知っているから、多少整理整頓ができなくたって問題ないわ」
「なるほど、としか言ってないじゃないですか」
 俺は室内を移動して部屋の中を確認する。
「ですが確かに、天は二物を与えず、ということのようですね」俺はイヤミで言ったのだが、
「何言ってるの? 知性と美貌を兼ね備えてるじゃない」と彼女は返す。そうですか。

「何を美しいと思うかは、人それぞれのようですね。勉強になります」
「本当、川上くんは可愛くないわね。そんなんだからモテないのよ。あ、もしかして童貞?」
 俺は田中美沙のその言葉に返事をするかどうか一瞬迷った。しかし彼女は俺が何か言う前に言葉を継ぐ。
「ああ、ごめんなさい。女性に年齢と体重のことを聞くように、男性にもそういったことを聞くのはタブーだったわね。でも私は川上くんが童貞でも気にしないわよ? 私も年齢や体重、スリーサイズも教えましょうか?」
 そんなことを言って彼女はにっこり笑った。俺は彼女が本気で言っているのか、ジョークで言っているのか判断しかねて返答に困る。ただこの美貌とスタイルであれば、言い慣れた台詞なのかもしれないと俺は思った。

 俺は再度部屋を観察するが、本当に余計なものが何もない。最低限の生活必需品以外はすべて収納棚の中や戸棚と荷解きされていないダンボールの中に収められていた。家具は必要最低限で、備えつけのクローゼットが大きく場所を取っているくらいだ。テレビもないから暇つぶしもできないだろう。本は本棚にある数冊だけで、それもビジネス書の類だ。
「物欲がないんですか?」
 俺の素朴な疑問に田中美沙は、少し困ったような顔をする。
「そうね、あまりないわね」
 そう言って彼女は笑ったが、それはどこか自嘲気味な笑い方だった。
「川上くんって童貞?」
 二人分のコーヒーを用意して隣に腰かけた田中美沙に耳元で囁かれ、俺は思わず狼狽えた。それを見て彼女はクスクスと笑う。

「ねえ、どっちよ?」と尋ねられても、どう答えていいものか、頭も舌も上手く回らない。だが俺の無言を肯定とみなしたのか、彼女はさらに体を密着させてくる。彼女の体は柔らかく温かかった。香水なのかシャンプーの匂いなのか解らない甘い匂いが鼻腔を刺激する。心臓の鼓動が激しくなり思考能力が奪われていく気がした。
「んっ……!?」
 耳に触れる未体験の感触に思わず声がもれる。程なくして彼女の舌が俺の外耳に沿って蠢いているのだと気が付いた。可笑しそうに喉を鳴らすと、続けて耳たぶを甘噛みしながら耳元で囁いた。
「可愛いわね……」
 耳たぶの薄い肉を通して感じる彼女の息遣いに、背中がぞくぞくと震える。彼女は俺の首に腕を回して体をさらに密着させると、もう一方の腕を俺のシャツの中に滑り込ませてきた。脇腹を優しく撫で上げられ思わず声が出てしまう。
「あ……っ」
「ふふ、感じちゃった?」
 そう言ってまた耳に息を吹きかけるように囁く。俺はその刺激に耐え切れず身をよじったが、彼女はそれを逃がさないように体を押し付けてくる。そしてそのまま体重をかけるように俺を押し倒した。俺はソファの上に仰向けになる形になり、その上に彼女が覆い被さってきた。
「ちょっ……ちょっと待って下さい」
 そう言って抗議するも、彼女は聞く耳を持たずに俺の服を脱がしにかかる。手際よく俺のシャツのボタンを外していく彼女の指が少し震えていることに気が付いたが、それが何故かはわからなかった。俺は慌てて起き上がろうとするが、馬乗りになった彼女を押しのけることは出来ず、上半身の衣類をあっさりと脱がされてしまう。
 俺は慌てて彼女を制止しようと彼女の細い手首を掴もうとしたが、逆にその手を取られて組み伏せられてしまった。しまったと思った時にはすでに遅く、俺の腕はがっちりとホールドされてしまっていた。
 田中美沙のその表情には余裕などなく、切羽詰まったような表情を浮かべていた。彼女は荒い呼吸を何とか整えようと大きく深呼吸をして言った。

「私ね……川上くんのこと気に入っちゃった」
 田中美沙はそう言いながら俺の胸に手を置いた。心臓の鼓動を確かめるかのように優しく撫で上げると、そのまま腹筋へと滑らせていく。くすぐったいような気持ちいいような感覚に思わず声が出そうになるが何とか我慢した。
 彼女は俺の反応を見ながらゆっくりと愛撫を続けていった。やがてその手が俺の股間に触れると、俺は恥ずかしさのあまり顔を背ける。しかしそれは逆効果だったらしく、彼女は俺の耳元で「恥ずかしいの?」と囁いてきた。その吐息混じりの声に背筋がぞくりとする。俺は何とかしてこの状況から逃れようと身を捩ったが、彼女に馬乗りにされた状態ではどうすることもできない。
 彼女は俺の首筋をぺろっとひと舐めすると、そのまま舌を這わせるようにして鎖骨まで移動させた。そしてまた耳元へ戻ってくるとその小さな口で甘噛みしてくる。
「あっ……や、やめ」
 抵抗しようにも力が入らない。それどころか身体からどんどん力が抜けていくような感覚に襲われる。このままではまずいと思った俺は必死で理性を保とうとするが、それも限界に近い状態だった。そんな俺の様子を見て田中美沙は意地悪そうな笑みを浮かべると、ズボン越しにゆっくりと撫で上げるように触れてきた。
「うふふ、もうこんなに大きくしちゃって……」
 田中美沙はそう言うと俺のベルトに手をかけた。カチャリという金属音が部屋に響き渡り、その音を聞いた瞬間俺は我に返ったように抵抗を強めた。しかし彼女はそれを意に介さず真剣な表情で外していく。そしてチャックを下ろすと俺の下半身を露わにした。
「あら、立派ね」
 彼女はそう言いながら下着越しに俺のモノに触れてきた。そしてゆっくりと上下に動かし始める。布一枚を隔てて行われる刺激がもどかしく、俺は思わず腰を動かしてしまった。その様子を見た田中美沙は楽しげに笑うとさらに強く握り込んできた。
「うっ……」
 その強烈な快感に思わず声が出てしまう。そんな俺を見て彼女は満足そうに微笑むと、今度は直接触れようとしてそこで動きを止める。

「これ以上は本当にまずいわよね。童貞の川上くんには少し刺激が強すぎるかも」
「え……?」
 俺は意外な言葉に拍子抜けしてしまった。もっと激しい展開になると思っていたのだが。ほっとした反面、少し残念な気持ちになった自分に驚くと同時に罪悪感を覚えた。だが彼女はそんな俺の気持ちなど知る由もなく、淡々とした口調で言った。
「そんな残念そうな顔しないで。私にも心の準備がいるんだから」
 そして彼女に唇を塞がれてしまう。そして舌を入れられ口内を蹂躙されるうちに頭がボーッとしてきた。
「はぁ……もっとしてあげたかったんだけど、これ以上は私も勢いだけじゃできそうにないわ」
 そんな台詞を残し立ち上がると、彼女は身だしなみを整え始めた。
「ねえ、川上くん。私の家政婦になってみない?」
「……遠慮します」俺は呆然とする頭でそれだけ答える。
「あら? 今のバイトよりも沢山お金が貰えるし、上手く私に気に入られてお婿さんにでもなれれば将来安泰よ」
「生憎と今の生活で十分満足していますので」
「そうかしら? でも川上くんって、私のこと好きでしょう」
 ストレートな質問にぎくりとするが平静を装って答える。
「いいえ、特には」
「嘘ばっかり。女性は視線に敏感だから、そういうのはわかるのよ」と彼女は自信満々に言う。
 高いのは視線への感度ではなく自己評価なのではないかと思ったが反論する気力もない。それに確かに容姿に限ってのみ言及するのであれば、彼女が好みであることは否定できない事実なのだ。それを素直に認めてしまうのが癪なだけで。

「ねえ、人生経験の差かな。私わかるのよ。あなたが私を好きなこと。だって川上くんって私が今まで付き合った男達と同じタイプだもの」
「そうなんですか?」と俺は思わず聞き返していた。彼女の言葉を何となく嬉しいと感じる自分がいた。
「そうよ」と言って俺の首に手を回し強引に引き寄せてきた。そして再度キスをしてくる。今度は先ほどよりも長く濃厚なものだった。彼女の舌が自分の口内に侵入してくる感覚は、未知のもので戸惑うばかりだったが不快感はなかった。むしろ心地良いくらいだ。しばらくしてからようやく解放された時には頭がボーッとしており何も考えられなくなっていた。いやいや冷静になれ。その今まで付き合ってきた男達とやらと結局は別れているから、いま彼女はこうして適齢期を過ぎても独り身なのではないか。
「そうだとしても、彼らとは結局うまくいかなかったから、独身なんじゃないんですか?」
「あら? 川上くんのくせに鋭いわね」彼女は面白そうに笑う。もしかして元カレ達に似ていると言ったのは、俺の反応を楽しむための嘘だったのだろうか。感情が彼女の手のひらの上で転がされているのを自覚した。
「まあ確かにその通りね、でもそれは過去の話よ。今は違うわ」と自信満々に言う彼女を見て、俺は少しイラッとしたが反論できずにいた。
「私に任せておけば大丈夫よ」
 なぜか自分自身に言い聞かせるように呟くと、彼女は再びキスをする。今度は触れるだけの優しいものだったため、俺も素直に受け入れることにした。彼女の唇はとても柔らかく温かかった。まるでマシュマロのような感触である。いつまででも触れ合っていたいと思えるほど気持ちいいものだと感じた。
「川上くんもお仕事の途中でしょ。そろそろ戻らないとまずいわよね」
「はい、まあ」と俺は曖昧に返事をする。正直言ってまだ帰りたくなかった。だが彼女はそんな俺の気持ちを見透かしたかのように微笑んだ。
「続きはまた今度ね」
 そう言うとカップを片付け始める。彼女があっさりと引いたことに俺は呆然としたまましばらく動けずにいたのだが、ふと我に返ると挨拶もそこそこに、慌てて逃げるように彼女の部屋を後にするのだった。


(続く)