熟女マナー講師との夜のプライベート講習

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 彼女と出会ったのは四月も半ばのことだった。年度末から新入社員の受け入れ準備で忙しく働いていたが、入社式と基礎的な研修を終えて各部署に配属し、後はそれぞれの担当者にお任せ、となったところでようやくマッチングアプリを開く余裕ができたのだ。

 俺の名前は高山慎太郎、年齢は30代で独身だ。職場恋愛で以前に酷い目にあったこと、年上の女性がタイプなこと、そして元々、学校や会社などの社会的な人間関係とプライベートとを完全に分ける性格だったのもあり、女性との出会いにはもっぱら出会い系を利用している。

 その日、俺がマッチングしたのは50代の女性だった。なんでも数週間ほどの出張で、県内の隣の市に訪れているらしい。食事や飲みの相手を募集しているとのことだった。
 メッセージを送ったところ早速返信が来た。相手はひと回り以上も年の離れた男性から連絡が来たことで困惑というか警戒しているようだった。俺も俺で相手からの返信が速かったこともあり、業者やセミプロなのではないかと少し疑っていた。

 俺は「年の離れた年上女性が好みだが、実生活では出会うのが難しいためマッチングアプリを利用していること」そして「行きたい飲食店やお店があれば土地勘もあるので案内します」と書いて送信した。まずは相手を安心させるべくこちらの事情を説明して、さらに相手が金銭を要求してきたり、待ち合わせ場所にどこかの店や駐車場などを勝手に指定してきたら、業者の可能性が高いため断ろうと思ったのだ。

 相手からの応答はそれほど待たずに届いた。若い男性から誘われて嬉しいということ、そして申し訳ないが店選びや予約はお任せしたいということが、丁寧な文章で書かれていた。
 どんなお店がいいのか確認したところ、馴染みじゃなくても入りやすくてお酒が飲めるところ、という返事だった。俺は心当たりのある駅近くのお店を提案して、相手も問題なく行ける場所だということで、19時に駅前で待ち合わせることにした。

◆◆◆

「ごめんなさい、お待たせしましたか?」
「いいえ、俺も今来たところです」
 待ち合わせの場所に現れたのは50代前半ぐらいの上品な女性だった。職業柄、人前に出ることが多いせいか濃いめの化粧だったが、容姿は整っていてとても綺麗な人だった。
 連れ立って歩き始めると彼女は大人びた雰囲気で会話をリードしてくれた。そして目的のお店に到着して料理を楽しんでいる間にも俺と会話を続けてくれたので、俺はすっかりその女性に好印象を抱いていた。

 彼女は文香さんといい、マナー講師として県外の企業に勤めている。ここ数日は企業研修の外部講師として訪れ、ホテルに滞在しているらしい。既婚者だがご主人とは相互不干渉で、子供も自立して家を出ているため最低限の会話しかないとのことだった。

 ネットではマナー違反クリエイターなどとも揶揄される職業だが、彼女の所作や言葉遣いは、なるほど確かに美しく、それが彼女の魅力を高めていることは明らかだった。そしてその魅力は、俺が熟年女性との出会いを好む理由でもあった。若いだけで幼稚な女性とも、歳を重ねただけで偉くなったと勘違いしている女性とも彼女は違った。

「私、普段はこういう場所にはなかなか一人では来られなくて。今日は誘ってくださって本当にありがとうございます」
 食事が進みお酒が入り、互いのことを話すにつれて彼女との距離も次第に縮まった。
「こちらこそ。気に入ってもらえたなら何よりです。近くに落ち着いた雰囲気でお酒を楽しめる場所があるんですが、よかったらどうですか?」
「そうなんですね。私ももう少し飲みたい気持ちでしたので喜んで」
 二軒目のお店に誘うと彼女は俺に向かって微笑んでくれた。その笑顔は今日会ったばかりの俺にも油断と隙を感じさせた。

◆◆◆

 俺たちは落ち着いた雰囲気のバーに入ると並んで座り今日の出会いに乾杯した。酔うためではなく会話の潤滑油としてお酒を嗜み二人だけの時間を楽しんだ。会話の内容や声色も次第に甘いものになり、テーブルの下ではお互いの手や指先を愛撫し合う。そうして気がつけば終電に近い時間になっていた。

「楽しい時間は過ぎるのが速いって本当ですね。文香さん、お時間大丈夫ですか?」
「本当にそうね。私が宿泊しているホテルは歩いて帰れる距離だから心配しないで」
 文香さんは名残惜しそうにそう言うと「気を遣ってお店を選んでくれたのよね、ありがとう。あなたは終電は大丈夫なの?」と訊ねてきた。
「大丈夫……じゃないかもしれません。でも文香さんと楽しい時間が過ごせたので満足です」
「……こんなおばさん相手にそう言ってもらえて嬉しいわ。ねえ、あなたが嫌じゃなければ、私の宿泊してるホテルに来ない?」
 文香さんは俺の手を握りながらそう言った。俺は彼女の誘いにのることにした。

 ホテルに向かう途中、俺たちは無言のままだった。二人とも気が昂っているのを感じたからだ。それは恋人と過ごすような甘い時間であると同時に、付き合い始める前の男女のような緊張感のある時間でもあった。

 ホテルのフロントで文香さんが宿泊人数変更の手続きをしている間も無言だった。無言でお互いに意識しあっているのを感じた。手続きを終えた文香さんに連れられエレベーターに乗り込むと俺たちは自然と抱き合って口づけを交わしていた。エレベーターが上昇し目的のフロアに到着すると、俺たちはそこでも我慢できなくなって再び口づけを交わした。

 手を繋いだ文香さんに導かれるように廊下を歩き、鍵を開けて二人で部屋に入るやいなや、どちらからともなくお互いの身体を引き寄せ唇を合わせた。そこに言葉はなく、ただ本能のままにお互いを求め合うだけだった。互いの体をまさぐりあい求め合い、お互いの興奮が治まってきた頃になってようやく俺たちは冷静に話をする余裕が出てきたのだ。

「実はずっと夫のことが嫌いで、不倫相手を探していたの。探しているだけで踏み出せなかったんだけど。あなたがくれた勇気に甘えてもいいかしら?」文香さんはそう言って微笑んだ。「もちろんです。俺も文香さんみたいな女性と出会いたくて探してました」
「ありがとう、嬉しいわ」文香さんはそう言って俺に抱きつくと再び口づけをした。
 それから俺たちは夜が明けるまでひたすらお互いを求め合ったのだった。

◆◆◆

 明け方、目が覚めると俺は裸のまま文香さんを抱きしめていた。彼女はまだ眠っていたようだったが、俺が体を動かしたせいなのか目を覚まし、ぼんやりとした視線で俺を見つめる。
「おはよう」俺はそう言って彼女にキスをした。彼女は恥ずかしそうにはにかむと「おはよう」とキスを返してきた。その仕草はとても可愛らしく感じられた。

「今日も仕事なので一度家に戻ります」そう言って俺は文香さんに宿泊費を渡した。
「お金を渡すときは封筒に入れた方がいいわ。もっとも親しい間柄ならその限りではないかもしれないけど」彼女はくすりと笑う。
「俺と文香さんの間柄が、それに該当しそうですね」軽く返しながら彼女の頬をなでる。くすぐったそうに笑う彼女とじゃれ合っていたが「また連絡するわね、お仕事がんばってね」「はい、ではまた」と軽くキスをして俺たちは別れた。
 文香さんとはそれからも月に二、三回くらい会う関係が続いている。


(終)