ほぼ毎日通うお弁当屋の女性店員は笑顔が素敵でエロかった
成功した告白の方法について調査した記事によると、1位は「直接伝える」、同率2位は「メールやメッセージアプリ」もしくは「電話」、4位が「手紙」らしい。
その結果を踏まえると、僕が選択すべき最も有効な告白方法は「直接伝える」ということになるのだろうが、僕と彼女との現実的な接点を考えるとこれは難しい。2位の、メール・メッセージアプリ・電話も無理だ。なにしろ僕は彼女の連絡先を知らない。
必然的に僕の採りうる告白手段は「手紙」ということになる。
彼女は、僕がよく昼食を買うお弁当屋で働いている店員だ。
年齢は30代か40代だろうか。ちょっと解らないが、僕よりずいぶん年上であろうことは確かだ。
先ほど連絡先を知らないと書いたが、なんなら名前も年齢も家族構成も知らない。全く知らない女性なのに見た目と接客態度だけで好きになってしまうのだから、僕はヨハネの次くらいに愛の使徒である。
通勤途中、今日もお弁当屋に入ると彼女がいる。特になんてことのない日常なのだが、彼女の笑顔を見ると心が洗われるような気持ちになる。僕のために笑ってくれているわけではないことは重々承知しているし、年齢から推測すれば既婚者である可能性すら大いにあるわけだが、それでも僕は毎朝彼女に微笑みかけてもらえることに幸せを感じる。
「いらっしゃいませ、おはようございます」
「おはようございます」
彼女はいつも僕に挨拶をしてくれるので僕も挨拶を返すのだが、その短いやり取りだけで僕はもう有頂天だ。
しかし今日はいつもと違う。僕には彼女への愛をしたため手紙を渡すという最重要タスクがある。
「いつもありがとうございます」
購入したお弁当とお茶を受け取りながら機会をうかがう。
機会をうかがうことにかけては、僕は昨日今日始めたばかりの素人ではないので完璧だ。
お会計は注文時に済ませているので、彼女に手紙を渡せるとしたらタイミングはここしかない。
僕は手紙をそっと、彼女に宛てたと把握できるくらいの絶妙な位置に置いて、さり気なく店を後にする。
もしかすると実際には、そそくさと足早に、いっそ不審者の速さで店の外に出てしまったかもしれないが、後ろを振り返る余裕はない。
『お客様、忘れ物ですよ』などと追いかけられても困るし、もっと言えば、恋文なんて渡してしまったのだから、彼女の反応を確認するのが怖すぎる。
ああ、渡してしまった、やらかしてしまった。明日から昼食どうしよう。
小心者のくせに、後先考えない行動をとってしまう、自分の阿呆さ加減が嫌になる。
幸か不幸かその日の晩から、僕は心労に起因する胃痛に悩まされて食欲を失うことになるので、しばらくお弁当屋には行かなくてよくなった。いや、ぜんぜんよくはないのだが。
◆◆◆
数日後、僕はまた懲りずにお弁当屋に来ていた。
一週間もすると食欲も湧いてきたのだ。
やはり朝は彼女の笑顔、昼も彼女のお弁当に限る。
正確には彼女はレジ係なので、彼女がお弁当を作っているわけではないのかもしれないが、僕はお弁当屋の内部事情について知らない。だから彼女がお弁当を作っている可能性もゼロではなく、不確定である。僕はこれをシュレディンガーの手作り弁当と呼んでいる。
「おはようございます、いっらしゃいませ、……あっ」
そんな僕の能天気な思索をよそに、彼女は僕に挨拶をしてくれる。
なんだか、最後に余計な反応があった気もするし、接客する際の笑顔も少し強張っている気がするが気にしない。気にしてしまうと今日は仕事を休まなければならないメンタルになりそうだ。彼女が僕の顔をちらちらとうかがっているような気がするのも気のせいだろう。
そんな僕の普段と何ら変わりのない堂々とした態度に、彼女も『あら? 私この前このお客さんから手紙を貰ったわよね? え、もしかして夢?』と思ったのかどうかは知らないが、不思議そうな顔をしながら、いつもと同じように「いつもありがとうございます」と言って、お弁当とお茶を差し出してきた。
僕もまた「ありがとうございます」と笑顔で受け取ると、そそくさとお弁当屋を後にする。
そして会社へ向かう車の中で一人になると、「あー」とか「うー」とか言いながら、自分の行動を大いに恥じて後悔した。
彼女のあのリアクションを見るに、どうやら僕の渾身の恋文は既読スルーされたらしい。
手紙で告白という、ランキング4位の手段を選んだのが悪かったのだろうか。
やはり1位の「直接告白」を採用するべきだったか。
いや、でもそれは無理だよ。だって他のお客さんとか店員の目もあるし。最悪、出禁になりそうだ。
どうして手紙で告白なんてしてしまったのだろう。もう二度とお店に行きたくないとさえ思える。
彼女の顔を直視できないし、店員の間で変な噂でも立っていたらどうしよう。
会社に向かう道中、僕は車の中で失恋ソングを歌いながら、めそめそと泣いた。
◆◆◆
とはいえ僕の面の皮かもしくは記憶力は、普通の人よりも若干自分に都合よく出来ているようで、次の日も僕はいつものようにお弁当屋に足を運んでいた。
いやもう本当に毎日の習慣には逆らえないもので、気が付いたら店内に入っていた。
僕が入店すると彼女は「いらっしゃいませ、あっ」と反応して、僕も昨日のことを思い出して「あっ」と反応してしまう。それがツボにはまったのか、彼女はおかしそうに笑うと「ご注文はお決まりでしょうか」と、いつもの接客モードになった。
よかった、どうやら今後もこのお弁当屋に来ても問題はなさそうだとほっとする。
お昼に食べるお弁当を注文すると「かしこまりました」と言って彼女はレジを打つ。
ああ、かわいいな。今日も美人だな。あ、でも笑ってる顔もいいけど仕事中の真剣な表情もいいな。
そんなことを考えながらお弁当が出来上がるのを待っていると番号札の番号を呼ばれた。
「お待たせしました、いつもありがとうございます」
お弁当を受け取ると、袋の中に見慣れない便箋が入っていた。
「……え?」
思わず呟いて彼女を見ると、彼女はまるで誤魔化すように、
「お待ちのお客様お待たせしました、ご注文を承ります」と言って、他のお客さんの接客へと移る。
僕はわけがわからず、けれども期待に胸を膨らませながら、お弁当を手に駐車場に停めてある自分の車へと戻った。
ちなみに流行っているのは、「今」「僕の中で」だ。
期待に胸を膨らませ、慎重に便箋を取り出すと、そこにはきれいな文字でこう書いてあった。
『いつもありがとうございます。できれば二人きりで直接お会いしてお話したいことがあります』
その文字を見た瞬間、僕の心臓の鼓動はどくんっと跳ね上がり、全身の毛穴という毛穴から汗が噴出してくるのを感じた。
普通に考えれば、告白の答えを直接会って話したい、ということだろう。
ただ、成功なのか失敗なのか、どちらの算段が高いのか判断がつかない。
ありがとうございます嬉しいです、と言われる可能性もありそうだし、ごめんなさい迷惑です、と言われる可能性もありそうに思われた。
というよりも、だ。
「直接会って話すのかあ……」
相当ハードルが高かった。
◆◆◆
手紙には具体的な日時が指定されていなかった。
そして僕と彼女の接点はお弁当屋の客と店員としてのものだ。
ゆえにどこかで直接話すタイミングを擦り合わせる必要がある。
だからこれは仮の話だが、タイミングを合わせられなければ直接話す機会は先送りになる。
あくまでも仮定だが、たまたま偶然に日々の生活が多忙をきわめた場合、直接話す機会は永遠に先送りされることすら起こりうるだろう。
だがそんな僕の日和った考えを一顧だにせず彼女は行動を起こした。
具体的に書くと、次の日お弁当屋さんに行くと、彼女はお店の外で待っていた。見慣れた制服ではなく初めて見る私服姿で。
つまり、彼女は今日お休みをとり、僕がお弁当を買いに来るのを待ち構えていた、ということになる。
さすがに僕も、大いにびっくりした。
僕の姿を見つけて小さく手を振る彼女のその笑顔は、まるで野に咲く花のように愛らしい。
これが普通に待ち合わせをした恋人同士のデートだったら、どんなに素敵だろう。
実際には僕の心境は朝駆けを受けた戦国武将くらい狼狽えていたわけだけど。
「おはようございます、今日は早いんですね」
混乱した僕は自動的に挨拶をする機械みたいに、文脈も状況も無視して彼女に挨拶をする。
「おはようございます、今来たところなんですが、ちょっと早かったですか?」
ああ、やっぱりかわいいな。大好きだ。
「今日はお休みを取ったんです。もしもお時間があれば少しお話しできませんか? お忙しいようでしたら改めますが」
彼女は概ね僕が予想した通りの台詞を口にした。
直接話をするために前触れなく仕事を休んで待ち伏せまでする行動力は理解できないけど。
「あ、はい。大丈夫です」
「じゃあ、少しドライブしましょうか」
彼女は僕の手を引いて歩き出す。
「え?」
急な展開に思考が麻痺して、僕は手を引かれるままに彼女の後をついていく。
そういえば手をつなぐなんて何年ぶりだろう?
いや、そもそも僕の方から誰かと手をつないで歩いたことなんてあっただろうか。
人生初かもしれない女性からの手つなぎに感動していると、彼女が振り向きもせず言った。
「あ、断らないんですね」
「え?」
思わず間抜けな声で返事してしまう。
「お仕事に行かれるものと思っていたので、ドライブというのは冗談だったんですけど……」
彼女は照れながら言う。
考えてみれば確かにそうだ。自分は今日も仕事だというのに、何をおとなしく手を引かれて彼女について行ってるのか。お菓子で釣られる子どもの方がまだ警戒心があるだろう。
彼女は自分の車の助手席のドアを開けると、座席に置いてあった保冷バッグを手に取り僕に渡した。
「その……お弁当を作ってきました。私の手作りなので拙いかもしれませんが、よければ召し上がってください」
彼女の行動があまりに予想外で、僕は二の句が継げなくなる。
ようやく再起動した僕は、
「ありがとうございます。少々お待ちいただけますか」と言って、スマホを取り出した。
会社の電話番号を呼び出しながら、彼女から少し距離を取るように移動する。
休みの理由は、尋常じゃないくらいの下痢ということでいいだろう。
「あ、おはようございます、佐藤です。始業前に申し訳ありません。実は朝起きてから体調が悪くて――」
◆◆◆
「先日はお手紙ありがとうございました。お返事が遅くなってしまいごめんなさい」
結局、それから本当に彼女の車でドライブをすることになり、運転をしながら彼女はそんなことを言った。
「いえ、こちらこそ、返事を聞くのが怖くてしばらくお店に行けませんでしたので」と僕は恐縮する。
彼女は困ったような笑みを浮かべながら、僕をちらりと見る。
「……お手紙すごく嬉しかったです。気持ちがこもっていて、あんなふうに書いて貰えたのは初めてでした」
僕は心の中でガッツポーズをする。僕の作戦は間違っていなかったのだ!
「それで、お手紙への返事ですが……私もあなたのことが好きです」
「え?」と思わず声が出てしまう。
「だけど私は、たぶんあなたに相応しくありません」
彼女は続ける。
「まず、私は結婚しています。子供もいます」
何となく予想はしていたが、実際に彼女の口から聞くと、思った以上にぐさりと僕の胸に突き刺さる。
「次に、それでも私はあなたからの想いが綴られた手紙を読んで嬉しくなりました。つまり浮気性です」
「え?」とまたもや声が出る。
「最後に、そんな私には今、お付き合いしている浮気相手が複数人います」
彼女はきっぱりと言った。僕は何も言えずに押し黙るしかない。
「それは伝えておかないといけないと思ったんです。それでもあなたは私が好きですか?」
「はい」と即答する。だって僕には彼女を好きなことぐらいしかアピールできるところがないので。
「……ありがとうございます。じゃあ、お手紙に書いた通り『直接会って二人きりのお話し』をしましょうか」
彼女がにっこりと笑い、僕はその笑顔に見とれてしまう。
「これからお互いを知っていきましょうね。私が浮気性だと知っても好きでいてくれるなら、私と付き合ってください」
彼女はいたずらっぽく笑いながら言うと、ホテルの駐車場へ入るべく車の速度を緩めるのだった。
◆◆◆
会社を休んで、平日の朝から既婚者の女性とラブホテルでセックスをしている。
なお、まともに会話するのは今日が初めてだし、名前もついさっき知ったばかり。
改めて言葉にしても非現実的にすぎて、自分がいま何をしているのか解らなくなる。
彼女は積極的だった。
初めてラブホテルに入った僕の緊張をほぐすように、お風呂では全身を使って優しく洗ってくれて、ベッドに移ってからは言葉や唇や手や胸で僕を愛撫して絶頂へと導いてくれた。
「私ね、男の人に奉仕するのが好きなんです」と彼女は言ったが、その奉仕はまさに極上だった。
僕のものは蕩けるような胸に包まれてあっという間に果ててしまい、その後すぐに彼女の口の温もりと舌技でもう一度果てた。
「こんなにきれいななおちんちん、久しぶりです」
彼女はうっとりと呟きながら僕の精液をきれいに舐めとってくれた。
ちんこに対して「きれいな」という修飾語を用いることってあるんだ、果たしてそれは名誉なことなのだろうか、とぼんやり考えていると、「今度は私が気持ちよくなる番ですね」と言って僕に跨がり、結合部を見せつけるようにして腰を動かし始めた。
彼女の中は暖かくぬるぬるで、動く度に僕のものを絞り上げるように締め付けてくるので、僕はあっという間に限界を迎えてしまう。
彼女は僕が絶頂を迎えた後も、お構いなくそのまま動き続けた。
膣内は別の生き物のようにうごめき続け、僕はなすすべもなく搾り取られ続けた。
「あ……すごい……このおちんぽ、ずっと硬い……」
頬を紅潮させながら喘ぐ彼女は、とても色っぽくて綺麗だった。
僕の上で腰を動かしながら自分の胸を揉みしだき始め、やがて快感に身を任せるように身体をのけぞらせて果てた。
そのまま脱力して僕に覆いかぶさるようにして倒れ込むと、耳元で囁くように言う。
「私のからだ……どうでした? 浮気相手の皆さんからは割と評判がいいんですけど」
僕は緊張して動けなくなるが、彼女は構わず続ける。
「『締まりがいい』とか『名器』だなんて言われることもあるんですよ」
くすくすと笑う彼女の告白に鼓動が高鳴る。
「私と付き合いたいですか?」
僕を抱きしめながら彼女は言う。
彼女の胸の柔らかな感触が僕の顔を圧迫して呼吸は苦しいが、僕は答えを間違えないよう慎重に答える。
「……はい」
「私のからだ、あなただけのものにしたいですか?」
そんな台詞を囁かれながら耳を噛まれたものだから、僕のものはあっという間に硬さを取り戻してしまう。
彼女は少し驚いたような表情をしてから嬉しそうに笑い、
「いいですよ。今は私のからだは、あなただけのものです。もっとしたいように、あなたの好きにして……」
そのまま唇を重ねて舌を入れてきたので、僕もそれに応えるように彼女の舌に自分の舌を絡めた。
その後、僕たちは何度も交わったが、彼女は一度も避妊具を付けることを許してくれなかった。
何度イったかわからないくらいに抱き合い、日が傾く頃になりようやく力尽きお互い裸のままベッドでまどろむ。
ベッドの周りには大量のティッシュのごみが散乱していた。
「もしよかったら……また会ってくれますか? 私まだあなたと全然話し足りないみたい……」
夢を見ているような淡い声で彼女が僕に問いかけられ「……はい」と僕は答える。
それは質問ではなく確認だったようで、彼女は満足げに「よかった……」と呟く。
「私、人よりちょっとエッチみたいだから、よろしくお願いしますね」
そう言って彼女は僕の唇にそっとキスをした。
(終)